2020年5月19日火曜日

第1章 美しい文章を書くための鉄則(1)


恰好をつけない(平易な言葉を使う)
良い文章を書こうとすると肩に力が入ります。これはいけません。力を抜いて、普段の自分、ありのままの自分として文章を書き始めることが大事です。あなたは、文学作品を書こうとしているのではありません。まずは思いつくままにさらさらと文章を書いて、その後に推敲を重ねて、最終的に「わかりやすく」「読みやすく」「無駄のない」美しい文に仕上げればよいのです。

慣れない、難しい言葉や表現を無理して使わないようにしましょう。中学生が読んでもわかる、が基本です。日本語の文の構造は、中学校までにほとんど学びつくしていて、それ以降は語彙や表現方法の引き出しが増えているに過ぎないのです。中学生のお子さんに読ませて、ちんぷんかんぷんというような文章は、「わかりやすい」かどうかという点で、美しい日本語とはいえません。

私が中学校に入学して最初の国語の授業でのことでした。授業の題材は、どこまでも続く大空や海原についてうたった詩だったと記憶しています。作者がどのような気持ちでこの詩を書いたかについて、先生が意見を求めました。学年一の秀才と評判の少年が、静かに手を挙げます。教室中のみんなが固唾を飲みました。
「それでは、A君どうぞ」
「はい、作者のムゲンへのドウケイを感じました」
ムゲンへのドウケイ?何じゃそりゃ。私を含め、友人たちはポカンとしています。教室の後ろの方から、
「はは、それを言うならショウケイだろ」
A君に対抗心を燃やしているB君の勝ち誇った声でした。私が子供の頃は、学年に一人や二人は、本当に読んでいるかどうかは別として、マルクスの資本論をかばんに入れて、これ見よがしに取り出して見せるような、わざわざ難解な言葉を使って議論をけむに巻く学生運動に明け暮れる有名大学の学生たちに憧れを抱く中学生がいたものです。(わざと長めの文を書いてみました)
「なるほど、果てしなく続く空や海へのあこがれということだね」
先生が、苦笑いしながら解説してくれました。授業が終わって、私は隣席の友人とヒソヒソ話です。
「ドウケイって何?」
引き出しから国語辞典を取り出して調べました。
「ドウケイ:憧憬 あこがれること ショウケイの慣用的な読み方」
ふうん。忘れられない出来事になりましたが、それから四十数年間、私はこの「憧憬」という言葉を自分の文章で一度も使ったことがありません。横道にそれて失礼しました。美しい日本語を書くためには語彙をひけらかす必要はなく、むしろマイナスにしかならないということをお伝えしたかったのです。

横道にそれたついでに。第二次世界大戦中の慰安婦問題に関する日韓交渉が決着した際、本問題が「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」との声明がありました。ニュースを聞いて、
「フカギャクテキ?」
この舌を噛みそうな言葉と初対面だった方が多いでしょう。不可逆的とは、再びもとの状態に戻れないことを意味しますが、化学反応などで使われる科学技術用語であり、日常生活で現れることはまずありません。おそらく、エリート官僚が作成した文章でしょうが、そのセンスが疑われます。流行語大賞を狙ったわけではないでしょうが、美しい日本語の書き方を理解しているとは言えませんね。
では、事例をみてください。

「静謐の景、都心の贅」
ここは静けさと潤いに満たされた穏やかなる都心。
求めたのは、永住に相応しきくつろぎと上質に満ちた住まい。
いま安穏に澄む、麗しきレジデンスが誕生します。

 これは、某大手不動産会社が、都心の新築マンションの広告に掲載した文です。(場所が特定されてしまう文言だけ削除しています)これぞ「美しくない日本語」の見本。何を言いたいのかさっぱりわかりません。あなたは、この文を読んで、マンションの特長を理解することができますか。無理でしょう。わざわざ難解な言葉、漢字を並べることで、高級感を演出しようとしているのです。具体的な特長を理解させることよりも、イメージを優先した作りになっています。広告としての効果があるのかもしれませんが、このブログとしては、この文章をそのまま見逃すことはできません。手を加えて美しい日本語に仕立ててみましょう。

まず、言葉の意味を確認しておく必要があります。
静謐(せいひつ):静かで落ち着いていること。
景(けい): 眺め、景色。
贅(ぜい): ぜいたくなこと。
安穏(あんのん、あんおん): 心静かに落ち着いていること。
レジデンス:住居、住宅。
 単語だけ簡明なものにおきかえてみます。

「静かで落ち着いた景色。都心の贅沢」
ここは静けさと潤いに満たされた穏やかなる都心。
求めたのは、永住に相応しきくつろぎと上質に満ちた住まい。
いま心静かに澄む、麗しき住宅が誕生します。

こうしてみると、同じような内容が何度も繰り返されているだけで、相変わらず意味不明です。もとの文がここまでひどいと、加筆するというよりは、文の趣旨を生かしたうえで書き直した方がよいでしょう。趣旨を推測すると、「都心にもかかわらず落ち着いた静かな立地(貴重だということ)で、永住するのにふさわしい上質なマンション」という感じでしょうか。

「静かな都心に住む贅沢」
都心にもかかわらず、静けさと潤いに満たされた貴重な立地です。
そこで、永住にふさわしい、くつろぎの住まいを追求しました。
豊かで心静かな暮らしを実現する、上質なマンションが誕生します。

これでマンションの売れ行きがどう変わるかはわかりませんが、少なくとも、読んで意味がわかる、美しい日本語に近づいたことは間違いありません。さあ、皆さん、難解な言葉、美辞麗句に騙されないように注意しましょう。

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