短い文を心がける
複雑なことがらを説明しようとすると、ついつい文が長くなります。長い文は、読みづらいだけではありません。そもそも読んでわかるように書くのが難しいのです。なるべく1行以内、長くても2行までと心に刻んでください。
さて、前節で一か所だけ、わざと長い文を入れてみました。
私が子供の頃は、学年に一人や二人は、本当に読んでいるかどうかは別として、マルクスの資本論をかばんに入れて、これ見よがしに取り出して見せるような、わざわざ難解な言葉を使って議論をけむに巻く、学生運動に明け暮れる有名大学の学生たちに憧れを抱く中学生がいたものです。
私が子供の頃は、学年に一人や二人は、本当に読んでいるかどうかは別として、マルクスの資本論をかばんに入れて、これ見よがしに取り出して見せるような、わざわざ難解な言葉を使って議論をけむに巻く、学生運動に明け暮れる有名大学の学生たちに憧れを抱く中学生がいたものです。
この文は、美しい日本語としては限度を超えた長さと思います。長い文が抱えるリスクとして、読点の位置一つで意味が変わってしまうことがあげられます。上記の例では、「難解な言葉を使って議論をけむに巻いている」のは、中学生でしょうか、それとも有名大学の学生でしょうか。私の意図したところは後者です。「わざわざ」以降、読点をつけずに書き連ねたことで誤解を防ごうとしているのですが、完璧には防ぎきれません。また、もし読みやすくしようとして「けむに巻く」の後ろに読点を入れたとしたら、「けむに巻く」のは中学生と思う方がほとんど、ということになるでしょう。次のように、二つの文に分けるのが正解です。
私が子供の頃は、学年に一人や二人は、本当に読んでいるかどうかは別として、マルクスの資本論をかばんに入れて、これ見よがしに取り出して見せるような中学生がいたものです。彼らは、わざわざ難解な言葉を使って議論をけむに巻く、学生運動に明け暮れる有名大学の学生たちに憧れを抱いていました。
何のことはない。文を分けただけで格段に読みやすくなりました。
次に、2015年12月に慰安婦問題について日韓両政府が最終(?)合意した際の、日本の外務大臣の声明文をとりあげます。前項で触れた、「不可逆的」が含まれている声明文です。
1.慰安婦問題は当時の軍の関与を元に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から日本政府は責任を痛感しています。安倍内閣総理大臣は日本の内閣総理大臣として、慰安婦としてあまたの苦痛を経験され、心身にわたり癒やし難い傷を負われた全ての方々に対し、心からお詫びと反省の気持ちをお伝えします。
2.日本政府は、これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ、その経験に立って、今般、日本政府の予算により全ての慰安婦の方の心の傷を癒やす措置を講じます。具体的には韓国政府が元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し、これを日本政府の予算で一括で供出し、日韓政府が協力し、全ての元慰安婦の方の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行うこととします。
3.日本政府は以上を表明するとともに、以上申しあげた措置を着実に実行するとの前提で、今回の発表により、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認します。あわせて日本政府は韓国政府とともに今後、国連等、国際社会において今問題について互いに非難・批判することを控えます。
なお先ほど申し上げた予算措置については、規模としておおむね10億円規模となりました。以上のことについては日韓両首脳の指示に基づいて行ってきた協議の結果であり、これをもって日韓関係が新時代に入ることを確信しております。
もちろん「不可逆的」も直したいのですが、ここでは文を短く区切っていくと文章がどのように変わるかという点に絞って手を加えることにします。
1.慰安婦問題は当時の軍の関与を元に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題です。かかる観点から日本政府は責任を痛感しています。慰安婦としてあまたの苦痛を経験され、心身にわたり癒やし難い傷を負われた全ての方々にお伝えします。安倍内閣総理大臣は日本の内閣総理大臣として、心からお詫びし、反省の気持ちを抱いています。
2.日本政府は、これまでも本問題に真摯に取り組んできました。その経験に立って、今般、日本政府の予算により全ての慰安婦の方の心の傷を癒やす措置を講じます。具体的には韓国政府が元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立します。これは日本政府の予算で一括で供出します。日韓政府が協力し、全ての元慰安婦の方の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行うこととします。
3.日本政府は以上を表明するとともに、以上申しあげた措置を着実に実行します。その前提で、今回の発表により、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認します。あわせて日本政府は韓国政府とともに今後、国連等、国際社会において今問題について互いに非難・批判することを控えます。
なお先ほど申し上げた予算措置については、規模としておおむね10億円規模となりました。以上のことについては日韓両首脳の指示に基づいて行ってきた協議の結果です。これをもって日韓関係が新時代に入ることを確信しております。
文を短くすることにより、わかりやすく、読みやすくなりましたね。全体では、もともと8つの文から成っていた文章が、15の文に分けられました。平均で約2行だった文が約1行(40文字程度)まで短縮されたのです。1行の文は一目で読むことができるので、理想的と言えるでしょう。
「はじめに」の大江健三郎さんの文章に加筆する際にも出てきましたが、文を分ける方法は二つあります。それは元の文の構造によって決まります。主語と述語が順番に繰り返されている場合(A)と、入れ子構造になっている場合(B)です。この事例で、どちらの方法が採られているかを確認しましょう。(A)は太字、(B)は下線で示すことにします。(A)の方法を用いた場合は、述語の後ろで分割を行いますので、その位置に/を入れておきます。
1.慰安婦問題は当時の軍の関与を元に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、/かかる観点から日本政府は責任を痛感しています。安倍内閣総理大臣は日本の内閣総理大臣として、慰安婦としてあまたの苦痛を経験され、心身にわたり癒やし難い傷を負われた全ての方々に対し、心からお詫びと反省の気持ちをお伝えします。
2.日本政府は、これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ、/その経験に立って、今般、日本政府の予算により全ての慰安婦の方の心の傷を癒やす措置を講じます。具体的には韓国政府が元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し、/これを日本政府の予算で一括で供出し、/日韓政府が協力し、全ての元慰安婦の方の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行うこととします。
3.日本政府は以上を表明するとともに、以上申しあげた措置を着実に実行する/との前提で、今回の発表により、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認します。あわせて日本政府は韓国政府とともに今後、国連等、国際社会において今問題について互いに非難・批判することを控えます。
なお先ほど申し上げた予算措置については、規模としておおむね10億円規模となりました。以上のことについては日韓両首脳の指示に基づいて行ってきた協議の結果であり、/これをもって日韓関係が新時代に入ることを確信しております。
(A)のケースは簡単に分割できます。ほとんどは読点の位置で文を区切るだけです。一方で(B)ではひとひねりが必要となります。この事例における(B)は一か所ですが、そこを詳しく見てみましょう。
お詫びをするのは安倍総理で、その相手は元慰安婦の方々です。相手を説明する部分が非常に長くなっています。そのため、主語の「安倍総理」と「お伝えします」の間隔があいてわかりにくい文になってしまったのです。対策として、安部総理を主語とした文の本体と、相手を説明する部分を独立させて二つの文にします。この際、もとの文には主語が「安部総理」、述語が「お伝えします」の一つずつしかありませんので、補うもしくは省略する必要が生じます。このケースでは、主語は省略し、述語は「抱いています」を追加することにしました。
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