2020年8月15日土曜日

第2章 文を美しくするテクニック(4)

 美しい敬語の使い方

怪しげな敬語が世の中にあふれています。不必要な場面で敬語が使われ、かつ間違った使われ方が多くなっています。美しい日本語を書くためには、正しい敬語の使い方を知っておかねばなりません。

ご存知のとおり、敬語には、尊敬語、謙譲語、丁寧語の三種類があります。念のために復習しておきましょう。

A.尊敬語(目上の人の行動について、尊敬の気持ちを込めて使います)

B.謙譲語(目上の人に対して、自分の行動について、へりくだった気持ちを込めて使います)

C.丁寧語(目上の人に限らず、ていねいに接する必要がある際に使います)

以下は、営業マンが見込み顧客へ送付する電子メールを想定した事例です。

 この度は、弊社に提案の機会を賜り、御礼申しあげます。

先日頂戴しました電子メールを拝読し、貴社のご要望に沿うべく提案を練りました。

添付の資料をご高覧くださいますよう、お願い申し上げます。

必ずや、ご満足いただけるものと確信しております。

練習問題というわけではありませんが、この事例で使用されている敬語を三種類に分類してみてください。

この度は、弊社(B)に提案の機会を賜り(B)御礼(C)申しあげます(B)

先日頂戴しました(B)電子メールを拝読し(B)、精一杯貴社(C)ご要望(C)に沿うべく提案を練りました。

添付の資料をご高覧(A)くださいます(A)ようお願い(C)申し上げます(B)

必ずや、ご満足(C)いただける(B)ものと確信しております(C)

この、敬語の種類を理解していないと間違った使い方をするリスクが高まります。相手の行動なのか、自分の行動なのかによって、用いる言葉が変わるからです。例えば、「食べる」という動詞を敬語にするとき、相手が食べるのであれば「召しあがる」(尊敬語)、自分が食べるのであれば「いただく」(謙譲語)になります。


 

尊敬語

謙譲語

食べる

召し上がる

いただく

読む

お読みになる

拝読する

もらう

お受け取りになる

賜る、頂戴する、いただく

来る

いらっしゃる、お見えになる、
お越しになる

参る

訪ねる

お訪ねになる

お訪ねする


敬語では「お~になる」、謙譲語では「お~する」となるケースが多いと覚えておいてください。敬語独特の言葉、例えば「召し上がる」を知らない場合は「お食べになる」で、「拝読する」を知らない場合は「お読みする」で代用が可能です。(美しさという点ではレベルが下がりますが・・・)ただし、これは全てにあてはまるわけではありません。「いただく」の代わりに「お食べする」、「賜る」の代わりに「おもらいする」などが使えないことは明らかですね。敬語を使いこなすには、ある程度の語彙はどうしても必要なのです。

さて、敬語の間違いの多くは次の三つに分類されます。

     敬語になり得ない言葉を敬語として使ってしまう。

     敬語を使う必要のないところで敬語を使ってしまう。

     敬語にはなっているが、使い方が間違っている。

 ご指摘の件、了解いたしました。至急ご調査のうえ、結果をお知らせします。

 どこが間違っているでしょう。一つ目の間違いは、「了解いたしました」です。「了解する」は、対等もしくは目下の人に対して使う言葉です。「いたしました」をつけさえすれば敬語になるというのは誤りで、「承知しました(いたしました)」「かしこまりました」など、本来の敬語を使う必要があります。これが、①のパターンです。二つ目は、「ご調査します」です。これまた、「お」や「ご」をつければ敬語になるという安易な発想です。「お、ご」は、敬う相手の行動に対してつけるものです。この文では、調査するのは自分ですね。自分の行動に「ご」をつけてはいけません。単に「調査のうえ」でよいのです。これがパターン②です。

ご指摘の件、承知いたしました。至急調査のうえ、結果をお知らせします。

 もう一つ、事例を出しましょう。さきほどの営業マンが顧客に対して次に送付したメールです。

ご返信ありがとうございます。ご指定の日時に御社にうかがい、提案を詳しく説明させていただきます。ご都合がつくならば、終了後にお食事をご一緒させていただければ幸いに存じます。

「~させていただきます」が2回出現しました。何気なく使っている「~させていただきます」ですが、そもそも、これはどういう意味を持っているのでしょうか。「~させてもらう」の「もらう」を謙譲語の「いただく」に置き換え、さらに丁寧な表現にするために「ます」をつけ加えている、ということです。おおもとの「~させてもらう」とは、「相手の承諾を得て~を実行する」という意味ですね。したがって、例文の「お食事をご一緒させていただく」は、相手の都合を聞き承諾を求めているので使用法として理にかなっています。一方で、「提案を詳しく説明させていただく」は、日時まで決まっていて、いまさら承諾を得る必要はありませんので、使用法として適切でないということになります。「提案を詳しく説明いたします」が正しいのです。これが③のパターンになります。ここまで深く考えたうえで「~させていただきます」を使っている人はほとんどいないでしょう。

 ご返信ありがとうございます。ご指定の日時に御社にうかがい、提案を詳しく説明させていただきます。ご都合がつくならば、終了後にお食事をご一緒できれば幸いに存じます。

あるレストランを訪れた際、「ご注文を繰り返させていただきます」「伝票を置かさせていただきます」「お席は禁煙とさせていただいております」・・・。とにかく「~させていただきます」の連発でした。おそらく、文末に「~させていただきます」をつけなさいと、接客マニュアルに記載されているのでしょう。「ご注文を繰り返します」「こちらが伝票になります」「お席は禁煙となっております」、たしかに正しい敬語を使うといろいろな文末がでてきてマニュアル化は難しくなります。でも、美しい日本語を書こうと思ったら、避けて通れない道なのです。みなさんへのお勧めです。「~させていただきます」を使わずに敬語の文章を書いてみてください。

さて、戻って1通目のメールの例文ですが、私はこの手の文章が好きではありません。

 この度は、弊社に提案の機会を賜り、御礼申しあげます

先日頂戴しました電子メールを拝読し、貴社のご要望に沿うべく提案を練りました。

添付の資料をご高覧いただきますよう、お願い申し上げます必ずや、ご満足いただけるものと確信しております。

 これは明らかな書き言葉(話すときには使わない言葉)です。はっきり言ってしまえば前時代的。今の世の中、ビジネスの場面においても、慶弔のあいさつ状のような形式が重視される文書を除けば、手紙にせよ電子メールにせよ、尊敬語や謙譲語をベタベタと並べるのはお勧めできません。尊敬語や謙譲語を使うことによって、それに合わせて文章全体を硬い表現にせざるを得なくなってしまいます。年配者ならともかく、若者がこんな電子メールを送ってきたらがっかりします。もっと、気持ちをストレートに伝えてほしいのです。私は、会話でも使える、一般的な文がよいと思います。丁寧語は使いますが、尊敬語、謙譲語は必要最低限にすること。ただし、言うまでもなく、美しい日本語であることが前提です。例文では、傍線をつけたところに違和感があります。ふつうの言葉に置き換えてみましょう。

 この度は、弊社に提案の機会をいただき、ありがとうございます。

先日ご送付くださった電子メールを読み、貴社のご要望に沿うように提案を練りました。

添付の資料をご覧ください。きっと、ご満足いただけると思います。

 こちらの方が、気持ちが伝わると思いませんか。そう、無理して慣れない言葉を使う必要はないのです。「自然であること」も美しい日本語を書くうえで大切だといえます。

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