体言止め
文法用語はあまり使いたくないのですが、ほかに表現する言葉がないのでご容赦ください。「体言」と「用言」という言葉をご記憶でしょうか。中学校の国語の授業で習ったはずです。「体言」とは名詞・代名詞を指し、「用言」とは動詞・形容詞・形容動詞を指します。一般的な文は「用言」で終わるのですが、これは感覚的にも理解できますよね。
彼は美しい文章を書く。(動詞)
彼の文章は美しい。(形容詞)
彼の文章は難解である。(形容動詞:名詞+だ、である)
これに対して、「体言」で文を終えることを「体言止め」と呼びます。珍しいことではなく、一般的な文章のなかにもしばしば現れます。
青い空。そよぐ風。一面に咲き誇る花々。命の息吹を感じる春の野。
極端な例ですが、四つの文全てが名詞で終わる体言止めです。通常の用言で終わる文だと次のようになります。間延びしてしまいした。体言止めの効果を実感していただけると思います。
空が青い。風がそよぐ。花々が一面に咲き誇る。春の野に命の息吹を感じる。
体言止めにすると、文の歯切れが良くなります。それゆえ、文章にリズム感をつけることができます。もともと、体言止めは和歌・俳諧で使われていたのです。なるほどですね。
朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に ふれる白雪 (坂上是則:古今集)
五月雨を 集めてはやし 最上川 (松尾芭蕉:奥の細道)
一方で、一般的な文章においては、体言止めを使いすぎないよう注意する必要があります。
時を刻まなくなった時計は寂しい。街のシンボルの大時計となればなおさらである。時のまち、兵庫県明石市の市立天文科学館の塔時計は21年前のけさ、地震の起きた5時46分に止まった。1カ月後に応急修理されたが、もうガタは来ていた。市は館の改修を機に交換すると決めた。
(朝日新聞 天声人語より抜粋)
全ての文を体言止めに書き換えてみましょう。
① 寂しい、時を刻まなくなった時計。
②
なおさらである、街のシンボルの大時計。
③
21年前のけさ、地震の起きた5時46分に止まった、時のまち、兵庫県明石市の市立天文科学館の塔時計。
④
1カ月後に応急修理されたが、もうガタのきていたその時計。
⑤
館の改修を機に交換すると決めた市。
違和感山盛りですね。せっかくですから、体言止めの文の作り方を確認しておきましょう。
①「時を刻まなくなった時計は寂しい」のように、主語のある文では、主語を文末にもってきて体言止めとします。主語の前に、主語を説明する言葉を置くように再構成すればよいのです。この文での主語は「時を刻まなくなった時計」ですから、それを後ろにもってきて、主語を説明する「寂しい」を前にくっつければできあがりです。
ところが、④「1カ月後に応急修理されたが、もうガタは来ていた」という文には主語がありません。直前の文の主語と同じ「塔時計」なので省略されているのです。したがって、この文を体言止めにしようと思ったら、主語を補ってやる必要があります。「1カ月後に応急修理されたが、もうガタのきていたその時計(塔時計)」とすればよいのです。
それでは、もう一度体言止めに変更した例文を見てみましょう。②「なおさらである」は、「なおさら寂しい」の「寂しい」を省略しているのですが、体言止めにしたことによって、「なおさら」何なのかがわかりにくくなっています。直しましょう。また、既に説明したとおり、体言止めは歯切れよく、リズム感を作り出す手法ですから、長い文には向いていません。③「21年前のけさ、~塔時計」の文が該当します。この文は複数に分割する方がよいでしょう。全体としては、文末の「時計」が続いているので、短い文に区切っていけば、文のリズムに生かすことができます。⑤「~決めた市」は、文章の最後です。一般的な文章では、文章の最後の文は体言止めにしません。ぶつっと切れて終わるような感じで、後味がよろしくありません。もとに戻すことにします。
寂しい、時を刻まなくなった時計。なおさら寂しい、街のシンボルの大時計。時のまち、兵庫県明石市の市立天文科学館の塔時計。21年前のけさ、地震の起きた5時46分に止まった。1カ月後に応急修理されたその時計。でも、もうガタが来ていた。市は館の改修を機に交換すると決めた。
これが、体言止めを目一杯活用した文章です。時計、大時計、塔時計、時計、と続く文末が、まずまず心地よいリズム感を醸し出しています。天声人語の文章としてふさわしいかどうかは別として、味わってみてください。
では、具体的にどんな場面で体言止めを使うとよいのでしょう。ここでは、代表的な場面を挙げておきます。
A.体言止めを連続して使用し、リズム感やスピード感を作り出す。
私はバッターボックスに立った。さまざまな記憶が頭を駆け巡る。辛かった練習。掴み取ったレギュラー。勝った喜び。夢の甲子園。そして迎えた最終回。一点ビハインドでツーアウト。これで高校野球が終わるかもしれない。でも、不思議と私は落ち着いていた。
B.体言止めを使用して文を区切る。
私は、一日のなかの区切りの時間にコーヒーを飲んで、新たな気持ちで次のことがらに取り組む。
⇒ 一日のなかの区切りの時間。私はコーヒーを飲んで、新たな気持ちで次のことがらに取り組む。
C.箇条書き。
地震発生の際に、どのように行動すべきか。
l テーブルの下に潜って揺れがおさまるまで待機。
l ガスレンジ、湯沸かし器、タバコなどを確実に消火。
l すぐに外に出ず、テレビやラジオで情報収集。
D.文章の見出し、キャッチ・フレーズ、スローガンなど。
米大統領選は混戦模様。民主、共和両党。
開店記念セール実施中。早いもの勝ち、週末限定。
がんばろう日本。がんばろう東北。
ABを使いこなすには、ある程度の練習が必要ですが、CDについては皆さん普段から体言止めと意識せず、何気なく使っていることと思います。それで良いのです。
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